その四 苦行時代
出家されたお大師さまに、あるお坊さんが「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)」という修行方法を教えてくださいました。虚空蔵菩薩の呪文を百万遍唱えることにより、虚空を蔵として、全宇宙の富を我がものとする虚空蔵菩薩の福徳を得ることができるというものです。
お大師さま各地の海辺や山を巡ってこの法を修し続けました。
阿波の大龍ケ岳では険しい岸壁を何度もすべり落ちながらよじ登り、室戸の岬では嵐の中に身をさらして座禅されました。冬には凍える手で霜をはらって粗末な野草をつんで飢えをしのぎ、雪の中で野宿をしなければならない時もたびたびあったのです。伊予の石鎚山(いしづちさん)では断食(だんじき)をして修練し、吉野山では雪に降り込められて難儀されました。
また、夏の住ノ江の熱い海岸を歩いているときのこと、たまたま美しい海女(あま)に出会い、思わず心を動かされたこともありました。
このように天空を屋根として、白雲をとばりとする生活の中で真黒に日焼けし、衣は破れて両肩があらわになるみじめな姿となり、訪れる村では子供たちが石を投げつけ、托鉢(たくはつ)にても追い返されるばかりでした。
しかし、いかにみじめな姿になっても、お大師さまの仏道への志は衰えません。
ある朝のこと、夜を徹して座禅しておられたお大師さまの心は澄み渡り、目の前の世界が新しく光り輝いてみえました。
一本の草、一滴の露までが仏のいのちの中で輝いているのです。お大師さまの口から唱えられる虚空蔵菩薩の真言は、宇宙に満ち満ちて響きあいます。その時、暁(あかつき)の明星は突然光を増してお大師さまの口の中に飛び込んできました。遂にお大師さまは「求聞持法」を完全に自分のものとし、虚空蔵菩薩と一体になることができたのでした。
写真 上 虚空蔵菩薩
写真 中 愛媛と高知の県境にある石鎚山
写真 下 お大師さまの口に暁の明星が飛び込んだといわれる室戸岬の御厨
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